
例えば、私たちが当たり前のように誰でも使えるものとして、身近に感じていることに「言語」があげられます。私たちは日本語で普通に話し、日本語で考えています。同じように、アメリカでは英語、韓国では韓国語、中国では中国語で話したり考えたりしています。
では、大人の私たちがこれからどこかの国の言葉を勉強します。努力によって上手になることはあっても、決して母国語となることはできません。
「きれいだね」と自然に思っても、「Oh! Beautiful」と自然に思わないのです。
ところが幼児期に英語という言語を聞いていた子供はそれができるのです。タレントの早見優さんはお父さんの仕事の関係で、子供の頃はグアムで育ちました。彼女がデビューした頃に、「普段は英語か日本語かどちらの言葉で考えるのですか」と質問しているインタビューアがいました。早見さんは、「プライベートなことは英語で考え、仕事のことは日本語で考えています」といっていました。
私の友人で、10年前にご主人の仕事の関係でアメリカへ行った女性がいます。アメリカへ行ったときには5歳のお子さんがいらっしゃいました。5歳のときに突然の英語です。6歳で小学校に入り、成績が悪く、落第(アメリカにはあるのです)寸前でした。ところが英語が分かってくると、成績はトップに踊り出たのです。今では、「日本語は難しいといって、なかなか漢字を覚えようとしない」とお母さんは言っていました。家庭での会話は日本語。それ以外は英語です。アメリカで生れた弟とは英語で話した方が理解しやすいとのことです。
お母さんもアメリカへ渡って10年になります。買い物程度の英語はできるのですが、近所のお母さんらとの井戸端会議はできないそうです。
言語に関する臨界期は0〜9歳くらいまでと言われていますが、10代の前半までは、言語能力は母国語に近いところまでは獲得できるようです。中学を卒業してから留学をしたら、言語に関しては問題なく獲得できるようです。高校を卒業してからでは、かなりの困難が伴います。ただし、中学後に留学すると、今度は漢字を忘れてしまうという弊害があります。これは本人の自覚の問題が大きいのですが、大学まで英語で過ごして帰国したら、簡単な漢字も書けないという事態に遭遇した若者を知っています。
多少話しがそれてしまったかもしれませんが、このように言語ということを考えると、身近に臨界期が理解できると思います。